「誰のために生きるのか」
- kumiko nemoto
- 13 分前
- 読了時間: 3分

今朝、56歳で大動脈解離で亡くなった元主人の夢を見た。
夢の中で、天井に文字が書かれていた。
「俺は自分のために生きる」
想像はしていた。けれど、その言葉があまりにもはっきりとそこにあった。
三男と次男が小学生、長男が中学生のとき、夫は突然いなくなった。
どこへ行ったのかもわからない。探すすべもなかった。
義理の両親や弟に聞いても答えはなかった。本当は知っていたのかもしれない。
それでも現実は待ってくれない。
食べ盛りの子どもが三人。そして、育ての父と寝たきりの母。
毎日は容赦なく続いていく。
「なぜ?」という思いは何度も心に浮かんだ。
それでも私は、立ち止まるわけにはいかなかった。
感情に流されるのではなく、冷静に家庭裁判所へ円満調停を申し立てた。
踏ん張るしかなかったからだ。
けれど、心の奥では長い間、問い続けていた。どうしてだったのだろう、と。
そんなある時、ふと思った。
恨み続けても、そこからは何も生まれないのではないか、と。
それから私は、自分の心を律するようにして「許す」ということを考え始めた。
簡単なことではなかった。それでも少しずつ、少しずつ、心を整理していった。
その過程で『愛とは許すこと』という本を出版した。
書きながら、私は自分の心を見つめ直していたのだと思う。
そしていつしか、努力ではなく、自然な気持ちとして「もういい」と思える日が来た。
心から許せたのだ。
元主人が亡くなったと聞いたとき、最初に浮かんだのは「自●ではないか」という心配だった。
けれど、大動脈解離と聞いて、私はほっとしている自分に気づいた。
そしてふと、「やりたいように生きられた後でよかったね」と思えた。
そして今朝の夢。
天井に書かれていたあの言葉を見たとき、不思議なくらい、心は静かだった。
責める気持ちも、悲しみも、もうどこにもなかった。
「ああ、そうだったんだね」
ただ、そう思えた。
もし今、誰かのことで心が苦しい方がいたら、どうか覚えていてほしいのです。
許すということは、相手のためではなく、あなたの心を自由にするためのものだということを。
そして今朝の夢は、そのことをもう一度、私に教えてくれたような気がしています。
【誰のために生きるのか】
それは、元主人の言葉であり、そして私自身への問いでもありました。
でも今は、こう思っています。
人は、自分の人生を生きていい。
そして、このブログを読んでくださったあなたにも、
どうかあなた自身の人生を生きてほしい。
私は、心からそう願い、応援しています。




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